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<<   作成日時 : 2009/11/30 13:32   >>

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【正論】
文芸批評家・都留文科大学教授 新保祐司
2009.11.6 産經新聞

 ■「眼頭が熱くなる」心情こそ保守
≪松山への旅に触発されて≫

 9月の連休に、中国の大連・旅順を訪ねた。

 大連は、学生時代に読んだ清岡卓行の『アカシヤの大連』の冒頭の一節、
「かつての日本の植民地の中でおそらく最も美しい都会であったにちがいない大連」
に喚起された印象がのこっていて、ぜひ一度は見てみたいと思っていた。

 しかし、今回の旅の主な目的は、旅順であった。

このところ、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が何かと話題になっているが、
かねてこの歴史小説を熟読してきた私は、
この大作に描き出された日露戦争が、
日本の歴史と日本人の精神にとってとても重い意味を持っていることを
痛切に感じていた。

 その悲劇的な意義が象徴的にあらわれているのが、
なかんずく旅順攻略戦であり、二〇三高地(爾霊山(にれいさん))である。

旅順には、必ず行かねばならぬと心に決めていた。 
今年の夏、松山に行って、秋山好古の墓を参ったこと、
そして、そのときその墓地の中で、
旅順で戦死した2人の軍人の墓を見つけたことは、
以前この正論欄で書いた。
その墓石に刻まれた旅順、
東鶏冠山(とうけいかんざん)といった地名を眺めているうちに、
ふと、旅順に行かねばならぬという強い思いが突き上げてきたのであった。

 それで、9月の旅順行となった訳だが、その旅の前に、
日露戦争に関連した、いくつかの本を読んでみた。
その中で心に深く響いてきたのは、
やはり昔読んで強い印象を受けた福田恆存の文章である。

 福田は、「乃木将軍と旅順攻略戦」という文章の中で、
戦時中の昭和17年に旅順を訪ねたときの思い出に触れている。

そこで「東鶏冠山北堡塁(ほうるい)の
殆(ほとん)ど完璧(かんぺき)とも言うべきペトンの築城を目の前にし、
爾霊山の地勢に親しく接した者なら、
誰しも絶望的な嘆息に手を拱(こまね)く他はありますまい」といい、
「私は爾霊山の頂上に立ち西に北に
半身を隠すべき凹凸すら全くない急峻(きゅうしゅん)を見降ろした時、
その攻略の任に当った乃木将軍の苦しい立場が
何の説明も無く素直に納得でき、大仰と思われるかも知れませんが、
眼頭(めがしら)が熱くなるのを覚えました」と真情を吐露している。


 ≪福田恆存が問いかける志≫

 私は、かねて福田恆存のことを頭脳が明晰(めいせき)であるといった点で
評価などしていない。

この「眼頭が熱くなるのを覚え」るところに福田の真価があり、
私が福田恆存という人間を信じるのはここである


保守というものは、このような真摯(しんし)な心に根差していなければならない。
心がないから、頭が器用に働くといった人間も多いのである


 リベラルな考え方に対して、保守の立場があるのではない。

そういうものの一歩手前で、日本の近代の歴史の悲劇を思って、
「眼頭が熱くなるのを覚え」る心情を源泉として立ち上がるのが
保守の志なのであり、
今日いわれる保守の再生には、その点が忘れられてはならないであろう


 「眼頭」なんて誰だって簡単に「熱く」なれるさ、
とうそぶく「知識人」は、感傷的にではなく、
真に「眼頭が熱くなる」ことこそが、実は難しいことを知らないのであり、
結果として、歴史の深みに達することができず、
歴史の現象を現代風な解釈で分析するにとどまるであろう。

 ≪日本人の巡礼すべき聖地≫

 9月20日、旅順に向かった。あいにくの雨であった。
東鶏冠山、二〇三高地、水師営会見所と回るのだが、
やはり二〇三高地がこの旅の最重要な場所である。
今は、「森林高原二〇三高地」と呼ばれていることからも分かるように、
「半身を隠すべき凹凸すら全くない急峻」のはげ山は、森林におおわれ、
昔日の面影はなくなっているが、
ここで尋常ならざることが行われたのだという気配はただよっている。

 雨は、どんどん強くなってきて、山頂に登り、
乃木大将の筆になる爾霊山の文字が刻まれた慰霊塔を仰いでいるときには、
まさに車軸を流すような雨となった。
これは、天候の偶然にすぎないであろうが、
ふと、何ものかが慟哭(どうこく)しているかのようにも感じられた。

 この雨のために、山頂から旅順港が眺められないのが残念であった。
というのは、この光景を見たいというのが、旅の目的の一つだったからである。
『坂の上の雲』の中で印象深い場面に、
二〇三高地の占領がほぼ確定した午後2時に、
児玉源太郎が「みずから有線電話にとりつき、山頂の将校にむかって電話」するところがある。

 「旅順港は、見おろせるか」、
これに対して、将校は「見えます。各艦一望のうちにおさめることができます」と答えた。
このとき、この将校が見たものは、たんなる光景ではない。
二〇三高地は、日本人が巡礼すべき聖地ではあるまいか。

 司馬は、旅順は「日本人の血を大量に吸った」と書いた。
その土地に、今や森林が繁っている。
私は、地面の上に落ちている木の実を一つ拾った。
そして、帰国後、家の近くの鶴岡八幡宮(鎌倉)の境内の一角に埋めた。
ささやかな慰霊の心からであった。
(しんぽ ゆうじ)


『from Editor政権に届かぬ旅順の気概』

画像



「国を守ると言う気概はいつの時代でも当然のこと」なのに、
「仮に日本が有事となれば流れるのは若い米兵たちの血である」とは ・。・




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