またなの~?毎日新聞の歪曲報道

Yahooニュースからです

東京大空襲:犠牲になった朝鮮人の追悼会--墨田 /東京
3月1日11時1分配信 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090301-00000013-mailo-l13

 1945年3月の東京大空襲で犠牲になった朝鮮人の追悼会が28日、
墨田区の東京都慰霊堂で行われた。
父親を失った黄秉煥(ファンビョンファン)さん(70)と
金琴蘭(キムクムラン)さん(70)ら遺族2組が韓国から来日し、出席した。
 会の主催団体によると、
2人の父はいずれも軍属として朝鮮半島から日本に連れて来られ
空襲に遭った。
 黄さんは追悼会で、遺骨も見つからないままの父に向けた追悼文を読み
「(夫を待ちわび亡くなった)母がここにいれば、
少しは心安らかに旅立たれたでしょう」と無念を訴えた。
金さんも「アボジ(お父さん)、すべての犠牲者の皆さん、心安らかに」と呼びかけ、
泣き崩れた。


例えば、ウィキペディアによれば、

朝鮮人日本兵
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B5

朝鮮人日本兵(ちょうせんじんにほんへい)は、
朝鮮の日本統治時代に日本軍の軍務に服した朝鮮人の軍人軍属である。

1938年より陸軍特別志願兵を開始、
1943年より海軍特別志願兵制度が導入された


特別志願兵制度の施行以前は、
朝鮮人が一般の兵卒として陸海軍に入隊することはできず

朝鮮人の日本軍人は洪思翊に代表される、陸軍士官学校を卒業して士官に任官した者、
李秉武のように旧大韓帝国軍から朝鮮軍人として日本陸軍に転籍した者に限られていた。
また、海軍兵学校、海軍機関学校などの海軍の士官養成諸学校は、
終始朝鮮人の入校を認めなかった


しかも、渡部昇一さんの著作の中でも度々出てきますが、
当時の朝鮮人たちは競って、日本兵になりたがったのです。

例えば、高山正之さんの著作「歪曲報道」の中にもありましたが、
当時、日露戦争以後、日本人は欧米人扱いだったそうです。
例えば外国でホテルに泊まるとき、
日本人は、白人・西洋人というカテゴリーに入ったそうです。

ネットでは、こちらのサイトが分かりやすいと思いますが、↓
http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/tyousenhei.html

昭和18年には6千3百人の志願兵募集に対して、
実に30万人以上の青年が応募し、倍率は48倍にも達した。
血書による嘆願も数百人にのぼり、
希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、総督府を困惑させた。


そして、当時の朝鮮人たちがもっとも日本人になりたがった理由は、
中国で日本人名を使うと、中国人を下に見ることができたからだそうです。

だから、創氏改名も
今まで宗主国だった中国人に対してえばり散らせる言うことで
進んで日本人名に改名した朝鮮人もたくさんいたのです。

だから、決して、日本軍が朝鮮人を無理やり
軍属として朝鮮半島から日本に連れて来たわけではないのです。

でも、毎日のこの記事を読むと、そういうことになりませんかね。
知らない人はだまされますね。









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