郵政民営化の“費用対効果”

郵政非正規社員10万人の正規化 8割反対に亀井氏「腰を抜かした」2010.4.16 13:59

・・・産経新聞が行った郵政改革案に関するアンケートで、非正規社員10万人を正規化する計画に対し、反対意見が83%を占めた・・・

・・・改革案が「民業圧迫だと思うか」は78%が賛成・・・

・・・郵便貯金の預け入れ限度額を1000万円から2000万円に、簡易保険の保険金上限額を1300万円から2500万円にそれぞれ引き上げることに関し、「やめるべき」は76%が賛成・・・

http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/100416/fnc1004161401010-n1.htm


・・・つまり、国民の多くは、票田のために、郵政に血税を投入されるのに反対だし、

せっかく民営化されたものを国営に戻すような事をして、民業を圧迫するのは反対ってことでしょうね。



見直し案の紛糾で論点が雲散霧消
誰も語らない郵政民営化の“費用対効果”


真壁昭夫(信州大学教授)

2005年9月、郵政民営化を旗印にして、国民から圧倒的な支持を受けた小泉政権による改革が始まってからわずか4年――。今や国民の郵政民営化に対するスタンスは大きく変化した。

 今年8月の衆院選挙で、国民は「小泉改革の巻き戻し」を訴えた民主党を圧倒的に支持した。それを受けて鳩山政権は、郵政民営化の見直しに着手し、民営化に反対の姿勢を取ってきた亀井氏を民営化担当大臣のポジションにつけた。

 亀井氏は、予想通り、一種の怨念さえ感じられる手法で民営化のプロセスを見直し、日本郵政の西川社長を事実上更迭して、元財務次官の斎藤氏をトップに据える人事を行なった。

 それと同時に鳩山政権は、郵政事業の4社体制の見直しや、株式売却の凍結を閣議決定した。こうした一連の動きに関しては、一部の専門家から“危険な官業回帰”との批判も上がっている。

 郵政事業の民営化は、わが国の金融システムの根幹に関わる、極めて複雑な問題と認識すべきだ。簡単に答えが出るものではない。

 したがって、この問題を「小泉改革とその反動」という単純な構図で見ることは、適切ではない。

 この問題を判断する最も重要な基準は、「国民がどれだけのコストを負担して、どれだけのベネフィットを受けるか」という、“費用対効果”であるべきだ。

 郵便や郵貯、簡易保険の拠点を、過疎地を含む全国に展開し、一律のサービスを提供するには大きな費用がかかる。つまり、それを国の事業として続けるならば、税金を使って補填せざるを得ない。

 そのため小泉政権は、そうした事業を民営化して、「どれだけのコストを払っているか」を明らかにしようとした。そして、株式を公開することによって、市場の機能を通して事業を効率化することを選択した。

 ところがそれ以降、景気の低迷が続いたこともあり、地方を中心に民営化に反対する声が予想以上に盛り上がった。その流れに乗ったのが、今回の民主党政権だ。


もはや論点がぼやけてしまった感のある「郵政民営化」。だからこそ我々は、時流に流されることなく、基本である“費用対効果”の合理性に立ち返って、もう一度「郵政民営化はいかにすべきか」を考える必要がある。

民主党政権の「見直し案」は
サービスの原資を国民に負担させる


 鳩山政権が閣議決定した、郵政民営化の見直し案のポイントは3つある。

 1つは、郵便、貯金、保険の全国一律サービスの復活だ。小泉改革では、郵便のみ全国一律サービスとし、それ以外の業務では、収益に見合ったサービスを提供するとした。運営コスト負担を軽減して、最終的に国民が負担する費用を抑えることを狙ったのだ。

 今回の見直しでは、過疎地などでのサービスを担保し、その分のコスト負担を増加させてでも、全国一律のサービスの質を均一化すること、つまり「ベネフィットの増加」を意図している。

 2つ目は、4分社体制から一体運営への復帰だ。かつての民営化案では、郵便、郵貯、保険、郵便局と4分社化して、それぞれの収益状態が明確になることを狙った。

 一方、見直し案では、一体運営に戻すことで、集合体としてのサービス提供機能を強化することを目指している。それは、ある意味では“どんぶり勘定”の復活であり、それぞれの分野の収益性が見えなくなってしまう。

 3つ目は株式上場の凍結だ。現在、郵政事業は株式会社化されており、政府が株式を保有している。当初、その株式は早期に市場に売却される予定だった。

 ところが、見直し案では、「利益至上主義に陥ってサービスが低下する懸念がある」として、株式の売却は当面凍結されることになった。

 政府の株式保有が続くということは、収益性をそれほど考慮する必要がなくなるため、サービスの低下は防げるものの、肝心な効率性や収益の認識が低下することになりかねない。

 これら3つのポイントを見ると、かつての民営化は、サービスの低下を我慢してでも、「コスト=国民負担」を軽減する狙いだったと言える。それが民主党政権の見直しによって、「コストをかけてでもサービスの低下を防ぐ」という方向に180度転換していることがよくわかる。

巡り巡って“ツケ”は国民に?
期待できない「官業の効率化」


 今回の見直しについて、我々が考えなければならない点が2つある。

 1つは、コストの上昇に対応できるだけのベネフィットの上昇を期待できるか否かだ。

 たとえば、4分社化から一体運営に逆戻りすると、それぞれの事業分野の収益性は、ほとんど峻別がつかなくなる。そうなると、収益性が低く、本来であれば淘汰されるべき事業分野が生き残ってしまう。

 それは、事業全体の効率を低下させる。その“ツケ”は、最終的に「国の補助=国民の負担」に回ってくる。

 人口が減少局面を迎え、しかも少子高齢化が世界最速のスピードで進むわが国は、果たしてその負担に耐えられるのだろうか。それには疑問符がつく。

 おそらく、どこかの段階で国民は、負担増過分を捻出するために、現在の生活水準を落とさざるを得ない状況に追い込まれる可能性が高い。その覚悟は必要だろう。

 もう1つは、見直し案では事業の効率化が難しいことだ。今回の見直しを有体に言えば、「民営化から官業への回帰」といえる。それは、かつての豪腕財務次官が社長に任命されたことからも明らかだ。問題は、官業の発想では、本当の意味での経営効率化が難しいことだ。 

 もともと官業は民間企業と違って、コストにこだわることなく、公共のベネフィットを重視することを旨としている。そのため、官業にとって、効率化は最も不得手とするロジックである。

 官業に任せて安心している間に、“ツケ”が雪だるまのように大きくなることも考えられる。国民は、それを十分に理解する必要がある。

 一時的に過疎地の郵政事業のサービスを維持することが必要であれば、その部分だけ民営化組織と異なる非営利組織を作って、政府や地方公共団体が補助金を提供すれがよい。

 少なくとも、巨大な郵政事業を官業化する必要はないはずだ。それをしっかり考えなければならない。後で、“ツケ”が回ってきて始めて気がついても“あとの祭り”ということだってあり得る。

「改革の反動」が目的では危険!
費用対効果の“均衡点”を見極めよ


 ここまで説明すれば、問題の所在がはっきりするだろう。そして、今我々がしなければならないことも明確になる。それは、どれだけの費用負担をして、どれほどの効果を得るか、つまり、“費用対効果”の均衡点を探す努力をすべきなのである。

 現在の議論は、あまりに「改革とその反動」という対立軸に集中しすぎている。そうではなく、わが国の将来のために、「国民はいくら払って、何を取るか」というの意思決定を行なわなければならない。

 その意思決定の中で忘れてはならないことは、わが国を取り囲む経済状況だ。

 わが国は高度成長期を経て、すでに安定成長期に入っている。しかも、人口構成に根本的な問題を抱えている。そのため、今後経済全体を効率化しなければ、現在の高い生活レベルを維持することは難しい。

 また、経済のグローバル化が進むなかで経済の効率が低下することは、当該国の企業の競争力が低下することを意味する。それが現実味を帯びてくると、わが国の相対的地位が低下することは避けられない。

 それを防ぐためには、どうしても、経済全体の効率化に取り組まなければならない。

 もともと郵政民営化は、「一定期間ごとに見直すこと」が前提になっていた。したがって、見直しの行為自体に問題はない。

 問題は、民主党政権の見直しが“小泉改革の巻き戻しありき”になっている点だ。選挙対策として“反小泉改革”を前面に押し出した事情は理解できるが、それによってわが国の経済全体の効率化を逆行させるような政策運営であってはならない。

 むしろ、虚心坦懐に基本に戻って、郵政民営化の向かうべき道を、国民レベルで議論すべきだ。今、それを怠ると、将来、大きな“ツケ”が回ってくることは目に見えている。それだけは、何とか避けなければならない。

 我々も、そのような意識を持ってこの問題に向かい合うべきだ。

http://diamond.jp/series/keywords/10100/







この記事へのコメント

通りすがり
2010年04月16日 23:48
民間=善という単純思考の焼き直しでしょうか?
民間=国民資産の叩き売りという現実と、郵政に税金は投入されていない事実を無視して、国民負担が増えるという脅かしを見ると、悪徳商法の手法を思い出しますが。

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